Special Report レポート

ピース・アーチ・ひろしま 平和発信コンサート
~音楽を通じて広島から世界へ平和のメッセージ発信~

Reported by 上杉智己

 オバマ氏が現職の米大統領として初めて被爆地広島を訪れて丸1年となった2017年5月27日。被爆地の象徴ともいえる原爆ドーム前で、「平和発信コンサート」のピアノに向かう萩原麻未さんの姿があった。
 オバマ氏の来訪以来、広島に対する国内外の注目度は増している。原爆ドームや平和記念公園を毎日多くの観光客が訪れ、原爆資料館の入館者数は過去最多を記録した。そうした中での広島出身の萩原さんによる「平和発信コンサート」は高い関心を呼び、会場に用意された椅子はほぼ満席となり、通りがかりの観光客も足を止めて聞き入った。
 萩原さんのソロ演奏を前半に、地元のインターナショナルスクールに通う子どもたちによる合唱を後半に構成するプログラム。萩原さんは客席に会釈しながら登場すると、まずバッハ「アヴェ・マリア」の旋律を静かにたどった。
 演奏を始めてしばらくの間、目を閉じ、深く俯いたままだったのは、萩原さんなりの祈りの姿だったのだろう。高校卒業まで広島で過ごし、祖父母から原爆の体験を聞いて育ったという萩原さん。72年前の8月6日、この場で起きた出来事をあらためて思い起こし、この場で演奏することの重みをかみしめたに違いない。
 萩原さんは、原爆ドーム前や平和記念公園周辺で開かれる種々の「平和発信」コンサートに、毎年欠かさず姿を見せる。昨年8月5日には、「Music for Peace」をキャッチフレーズとする地元の広島交響楽団と「平和の夕べ」コンサートで共演した。広島出身であることは、萩原さんの音楽家としてのアイデンティティーの一つなのだろう。
 萩原さんの演奏は、ショパンのワルツ第1番「華麗なる大円舞曲」、第9番「告別」、第6番「子犬のワルツ」と続いた。やはり72年前の惨劇を思い起こす時、この場で軽快なワルツが響くことそのものが、奇跡のように思えてくる。萩原さんらしい澱みのない音色が、そんな気持ちを増幅させる。
 それにしても、路面電車の行き交う幹線道路に面した会場である。原爆ドーム前の静粛な雰囲気ではあっても、室内とは当然勝手が違う。ふいに喧騒が紛れ、5月のまぶしい日差しが射し込む。そんなコンディションでも、萩原さんは集中力を片時も切らすことなく、音への意識をますます研ぎ澄ませていった。それはそのまま、萩原さんの古里広島への思いの強さを感じさせた。
 この後、萩原さんが伴奏し、子どもたちが合唱した。ここまでくるとピアニストも少しくらい気を抜いてよさそうなものだが、そんな様子は露程もない。子どもたちの歌声に寄り添い、懸命に音を合わせようとする萩原さんのひた向きさに、ひたすら心打たれた。
 広島はあの日から70年間は草木が生えないと言われたが、緑豊かな街となった。「平和発信」と口にするのは簡単だが、本来は誰もが軽々しく担えるミッションではない。とすれば、萩原さんほど「平和発信」に相応しい音楽家が他にいるだろうか。そんなことをあらためて実感したコンサートだった。

上杉智己