Special Report レポート

音楽の交歓に満ちたチャイコフスキー
~山田和樹氏と仙台フィルの節目を飾った特別演奏会より~

Reported by Hiromi Masaki

 威厳に満ちたホルンの響きに誘われるチャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番の冒頭、悠然と、そして艶やかに響く萩原さんのピアノの響きに、またしても「やられた!」という嬉しい感情が込み上げる。山田和樹氏率いる仙台フィルハーモニー管弦楽団との、特別演奏会でのことだ。3月28日に仙台市内のイズミティ21で行われたこの公演は、山田氏のミュージックパートナーとしての最後の演奏会だった。そのため指揮者の山田氏をはじめ、オーケストラ、そして筆者を含む聴き手も気合い充分。名曲中の名曲だけに、こちらもある程度の予想がついている。それでも、小手先ではなく全身でしなやかに生み出される強音は、威厳と得も言われぬ情感に溢れ、予想をはるかに超えて豊かに耳へと届くものだった。
 指揮者の山田氏は事前の取材で、萩原さんとの演奏を「予定調和にならない」と称していたが、今回のチャイコフスキーはまさにその一言をお借りしたい。これまで以上に豊潤な響きで冒頭を愉しませてくれたかと思えば、今度はカデンツァで切なくピアニスティックな魅力を聴かせてくれる。第2楽章では美しい旋律の紡ぎ合いに続き、ジャズの即興性にも似た弾けるような自由闊達さに、意外性を愉しんだ。特にこの場面では、萩原さんの細かなペダル使いも際立った。一見すると男勝りに見える彼女のペダルは、その実とても繊細で、効果があきらかな箇所を除き、ハーモニーを無視して踏みっぱなし、などということはけっしてない。非常に細かく踏み分け、場合によっては最小限に留める姿勢に、響きや音色に対して萩原さんがいかに繊細な感性の持ち主であるかを、再認識したのだった。
第2、第3楽章と、萩原さんの持ち味である丁々発止のやり取りも光った。場合によってはソリストの伴奏役として控えめな演奏に徹するオーケストラも、萩原さんから次々と湧き出る音楽性に真っ向から対峙し、旋律の美しさや滲み出る民俗性を聴けとばかりに弾き鳴らす。萩原さんが躊躇なく想いのままに音楽を繰り出しているように見えても、オーケストラと齟齬が生じるどころか室内楽のような密な掛け合いができることに、改めて驚きを禁じ得ない。萩原さんが情感たっぷりに歌い上げた旋律も、オーケストラが情感そのままに歌い継ぎ、逆もまた然り、という具合に、両者の間に音楽の循環が絶えることがないのだ。ロマン的な旋律や華やかなピアノの技巧が強調されがちなこの作品において、これほどまでに生き生きと繰り出されたアンサンブルの妙は、よく知るはずの名曲を、また違う魅力で楽しませてくれた。
前述のとおり、この公演は山田氏のミュージックパートナーとしての一区切りとなった。5年の歳月を重ね、リレーションシップを深めてきた指揮者とオーケストラとの節目に、彼らが一方的に引き立てるような“お客様ソリスト”は似合わないだろう。表現をぶつけあって生み出された音楽のほとばしり、即興的にも聴こえる丁々発止の掛け合いが照らした名曲の意外性――ソリストとして萩原さんが迎えられた意味を、これらに聴いた気がする。山田氏と仙台フィルとの節目を飾るアグレッシブで音楽の交歓に満ちた一夜は、温かな拍手のうちに幕を閉じたのだった。

正木裕美