Special Report レポート

新境地を拓いた現代曲
~2014年6月のリサイタルツアーより~

interview & words by Nami Demizu

2014年6月、萩原麻未さんは2年ぶりに日本でのリサイタルツアーを実施した。フォーレ、ドビュッシー、ラヴェルといった、パリで暮らす麻未さんらしい選曲。クリスタルガラスのようにきらめくピアニシモも、虹のように刻々と色合いを変えるふくよかな音色も、彼女の特長を一層色濃く際立たせた。でも、プログラムの最後に思いがけない「新しい顔」を見せた。まるでサプライズのように……。
それまでの空気を一変させた作品への思いを聞きたくて、大阪・いずみホールでのリサイタル(6月19日)の翌日、麻未さんに会いに行った。

ダイナミックなジェフスキー

そのピアノ曲は、現代のアメリカの作曲家フレデリック・ジェフスキー(1938~)の「ウィンズボロ・コットン・ミル・ブルース」。描かれる世界は、紡績工場で働く労働者の哀歌、といったところ。冒頭、静寂の中、低い音域でタカタカタカタカとメトロノームで刻んだような硬質なリズムが続く。不気味なほど無表情な音楽の始まりに、ハリーポッターの魔法の世界みたいな、ちょっとくすんだ灰色の空気の流れを感じる。「ここは絶え間なく機械が動く工場。あなたたちは労働者。さあ、むだ口をたたかず、作業しなさい」。耳元で、そんなささやき声が聞こえてくるようだ。

やがて、音型は少しずつ変化する。麻未さんは険しい表情で、ひじを使って一気に鍵盤を押さえていく。何度も何度も。すると、荒い言葉を投げ合って、厳しい作業をこなす労働者たちの姿が次々と浮かんでは消えていく。時に、地声であけすけに歌うようなブルースも聞こえてくる。汗、涙、笑い、哀しみ、あきらめ……。後々まで心に残るドラマティックな展開。音楽の終わりには、ショートフイルムを1本見たような気分になった。

「最初のタカタカというのはベルトコンベアの音なんです。この曲を演奏会で弾いたのは、昨夜が2回目。もしかしたら、現代作品に馴染めない方もいるんじゃないかと思って、ちょっと不安でした。でも、リサイタルのプログラムに現代曲を1曲は入れたいという思いがあって」と打ち明ける麻未さん。「フランスものの作品が続いた後、最後にこういう作品は意外性があったかと思うんですけど、面白いと感じてもらえたらいいなと思って選びました」

確かに。それまで淡い色彩で優雅な空気が会場を包んでいたのに、「ウィンズボロ・コットン・ミル・ブルース」が始まった途端、別人になった。こんなに骨太で強靱な音を持っていたとは。それでも決して力任せな打鍵にはならず、持ち味の美音は崩れない。うるさいと感じたり、不快になったりする音は一切ない。

麻未さんに、「この曲を聞いていたら、私、会社で上司に嫌なこと言われて、黙々と仕事をこなしている時の気持ちを思いだしましたよ」と伝えると、アハハと楽しそうに笑ってくれた。

「静」から「動」へ。変幻自在に。

この曲で見せた顔は、ダイナミックな「動」の麻未さん。でも、そこに至るまでのプログラムは、パステルカラーで描いたようなフォーレの「ノクターン」第1番と第4番で静かに始まり、ドビュッシーの「ベルガマスク組曲」「喜びの島」で徐々に生命力豊かに躍動して、ラヴェルの「高貴で感傷的なワルツ」「ラ・ヴァルス」で激しく、退廃的な妖しい美をたたえる曲へと続いた。「静」から「動」へと変貌する巧みな構成だった。

コンチェルト、室内楽でフル回転

そして、今秋はまた違う一面を日本で見せてくれる。

10月はコンチェルト。関西フィルハーモニー管弦楽団、九州交響楽団とショパンのピアノ協奏曲第1番を共演する。「1番は初めて弾きます。秋はショパンの旅をするんですよ」と麻未さん。

11~12月は待望のヴォーチェ弦楽四重奏団との日本ツアー。広島、茨城、大阪、東京、大分と5カ所を回る。「誰かと一緒に音楽をするのが大好きなんです。小さい時は室内楽を演奏する機会もないですから、今はその反動がきているのかも。ヴォーチェのメンバーと一緒に弾いた時には、5人別々の人間なのに、一緒に呼吸して会話しているようで本当に幸せな気持ちになれました。日本で演奏できるのが本当に楽しみなんです」と声を弾ませる。

アウトドアにも挑戦?!

音楽三昧の毎日だけど、今、挑戦したいことはありますか。そう尋ねると、また新しい顔をのぞかせてくれた。

「アウトドア! 気球に乗るとか。あとは、私泳げないので、泳ぐ訓練もしておいた方がいいと思っているんですよ」

大きな瞳をくるくる動かして笑う麻未さん。27歳の女子らしい普通の一面に、思わずこちらもほほ笑んでしまった。発掘すると、まだまだ意外な顔を見せてくれそうだ。