Special Report レポート

「温故知新~新旧ピアノとの出逢い in 広島」
― 師とのサプライズ共演 ―

Reported by Yudai Majima

萩原麻未さんは、出身地である広島でも数多くの舞台に立ってきた。これからも多種多様な演奏会が企画されていくに違いない。けれども2013年3月13日、広島市文化学園HBGホールで行われたコンサートを、彼女は決して忘れないだろう。そしてもちろん満員の聴衆も…。

ことの発端は萩原さんが2012年11月、広島市役所を表敬訪問したことに始まる。その折、松井一實市長からこのコンサート出演への打診があった。会場となった広島市文化学園HBGホールでは、新しいフルコンサート・グランドピアノを導入する計画があり、そのピアノのお披露目と、ピアノ自体の選定を市長は萩原さんに依頼したのである。そこから具体的にプロジェクトが始動した。

まず2013年1月、萩原さんが2台のピアノを選定するために、掛川市のヤマハと東京品川のスタインウェイ・ジャパンを訪ねた。そしてヤマハでは「CFX」、スタインウェイでは「D274」という、ともに両者の最高峰モデルの中から選りすぐりの1台を各々選び、翌2月、ホールに納入されたのである。

その時の様子を萩原さんは、「もちろん選定したピアノそれぞれに良いところがたくさんあるのですが、ヤマハはショパンのノクターンを弾いている時、柔らかであたたかな響きもとても素敵だなと思っていて、スタインウェイはすごく華やかな感じで音色も多彩、両方ともすばらしいピアノだと思いました」と振り返る。

そしていよいよ、そのピアノたちがホールに鳴り響く日がやってきた。「ピアノ・リニューアル記念コンサート~萩原麻未さんを迎えて~」である。筆者が乗った新幹線のぞみが広島駅のホームに滑り込んだのはその日の13:59。改札口を出ると気まぐれな春の装いか、重い雲が垂れこめて叩きつけるように強い雨が降っていた。「これは楽器のコンディションにも影響するし、何よりお客さまが大変だな」などと思いながらホールに入る。

ホールの舞台では、ピアノが3台並べられ、萩原さんが1台1台、感触を確かめるように入念なリハーサルを続けていた。「あれ?3台?」とつぶやくと、傍らにいらっしゃったホールの高津支配人さんが、説明してくれた。

「もう1台のピアノは、このホールがまだ厚生年金会館という名称だった頃から、置かれていたスタインウェイです。新しく2台のピアノが入った後、広島市佐伯区民センターという施設に移送します。でもこのホールで28年間頑張ってくれたピアノですし、送り出すという意味も込めて、今日3台のピアノを萩原さんに弾いていただくことにいたしました」

何と温かく、粋な計らいだろう。それに応えるように雨は止み、そして18時の開場と同時に、全客席2001席は埋め尽くされた。完売である。一般1000円、学生500円というチケット料金も背景にはあった。この低価格は、萩原さん自身の提案。

「広島の小さなお子さんが、将来このホールで弾きたいなと思ってもらえたらいいなと思い、家族連れに来ていただきたくて…。また3台のピアノで弾き別けることもあって、皆さんに馴染みのあるショパンにしました」

言葉通り、前半のプログラムはショパンの「ノクターン第1番」、「同第2番」、「同第20番遺作」、「バラード第3番」、「ワルツ第1番」、「同第7番」、「子犬のワルツ」、「英雄ポロネーズ」、そして敬虔な祈りを捧げるようなシューマン(リスト編)「献呈」。3台を鮮やかに演奏した萩原さんは、満場の大きな拍手を浴びた。

そして後半。客席に座っていたのは、何と萩原さんの師匠ジャック・ルヴィエ氏。もとはと言えば、萩原さんがパリに留学したのも、広島にあるエリザベト音楽大学でのルヴィエ氏のセミナーを受講したのがキッカケ。ちょうどまた3月にセミナーが開催されていたため、広島に滞在していたのである。まさにサプライズ・ゲスト、会場がどよめく。

舞台に呼ばれたルヴィエ氏と萩原さんは、新しい2台のピアノを使って垂涎のデュオ・ピアノを繰り広げた。ドビュッシー「リンダラハ」、ラヴェル「耳で聴く風景」の〈ハバネラ〉、そして「ラ・ヴァルス」。第1ピアノと第2ピアノを交代し、師弟デュオは極上のアンサンブルを築き上げる。アンコールのプーランク「シテール島への船出」など、聴衆は心ゆくまで、この上ない時間と空間を楽しんでいた。

終演後、萩原麻未さんに尋ねた。

Q.3台のピアノを弾き比べていかがでしたか?

A.新しいヤマハと、新しいスタインウェイと、これまで28年間置いてあったスタインウェイと、3台のピアノを、一度にそれぞれ弾けることはなかなかないので、すごく貴重な経験ができたと思っています。またショパンは、小さい頃によく弾いていたので、その想い出が深く、それがやっぱりこのコンサートにも繋がっているんだと思います。

Q.ルヴィエ先生のご指導はいかがですか?

A.普段はフレンドリーに接して下さるルヴィエ先生ですが、パリ音一年目の頃は特に厳しかったと思います。五年間かけてじっくりと、音楽が自然と良い方向に向かうよう導いてくださるようなレッスンでした。
 今日久しぶりに聴いてもらって、こんなはずではと怒らせてしまっていないかちょっと不安なんです(笑) ルヴィエ先生の指導のもとじっくり勉強できたことは、今の私にとってなくてはならない大切な経験となっています。

ピアノに座るやいなや弾き始める集中力の高さは、マルタ・アルゲリッチを彷彿とさせる。伝統的な様式観をしっかりと踏まえ、「幅広いレパートリーを」と語る萩原麻未さんは、着実にピアニズムの王道を歩んでいる。